20051009 鬼頭径五 キヨステ  横浜日の出町 guppy 20051009 鬼頭径五 キヨステ  横浜日の出町 guppy 

なんとなくくさくさもしつつ、N君誘ってguppyに行った。安田祭以外でguppyにいったのは何年ぶりなんやロウ。 しかしまあ遠い。電車で一本ではあるのだけれど。桜木町で降りて歩いていく。しかし落ち着く。ボロイアーケードやらあこぎそうな店の集結ぶりやら店は少しづつかわっているのだけれど町全体の諦観ぶりというかストリップ小屋は一軒つぶれたがそのやさぐれ具合は普遍というか不動産屋が食い物にするには東京からもみなとみらいからも遠すぎ横浜のガイドに載ることもなく昭和のいかがわしさがそのまま残ってる町である。 

途中のランプ亭で牛丼食ってguppyに向かった。普段ならおそらく日の出町グルメ(しょうもない中華料理屋が何件かある)を堪能するところだがN君をつき合わすわけにもいかんし何より安いので依存はない。 

guppyの前に行くとキヨステのメンバーがおりgalもいて何できたのと意外そうな顔であるがまあこっちもキヨステのファンを公言してるわけでも少しうれしそうな顔をしてもよさそうなものだがまあGALと親父じゃ対応も違うのはよーわかる。そうやって中年というものは自信をなくしていくのやろう。勝手に愛着を感じてる日の出町guppy前でも状況は同じである。

鬼頭径五という人は知らんかったがN君によるとチャボがゲスト参加したアルバムを作ったことがある元メジャーな人らしい。ネットで見てみると4枚くらいアルバムのある人やった。名前もおっかないしどんなひとやと思ったらハンチングかぶって落ちぶれた後のスティーブマリオット見たいな人やった。つまりまあこちトラお父さんなわけであんなふうには絶対なれん年のとり方というか若いころは悪やったかもしれんとか、山口富士夫とはちと違うが似てなくもないというか飲んだくれというかそんな人だった。

こちとらバンドサウンドが好きなのであれでロックンロールやってくれたら狂喜だがしかしギター1本であり残念ではあったがしかしその心意気はお父さんにも十分伝わったような気がする。考えたらわかるがギター1本で1時間持たすのは非常にしんどい。装飾がない裸の状態でありその人自身が生で出る。八王子の駅前でも若いのが歌ったりしており最近はうまくなってきて女子高生が10人くらい集まってうらやましい限りだがそれは君じゃないゆずだともぐろ福三ライクに断言したい気もするが、あっさり大学はいってやめたりしてそれはそれでいいのだが”keep on R&R”というのは口で言うのはヤサシイガ決してやるべきではなく40超えて馬齢といわれる年になってくると苦しい部分も多いやろし若いころはおっかなかっただろうと勝手に想像し、またその頃は近づかなかったとも思うがしかしロックンロール一筋といって言いやろこの人の現在のパフォーマンスは年輪を重ね晩年の星野貫太郎のパフォーマンスに似たような味わいを出していたように思う。そっから見えることを誠実にやってたというか若い頃は決して誠実ではなったやろとかまあいろいろあるが同じロック好きでも千差万別なわけでステレオタイプやとか昭和ロックだとか批判はできるやもしれん. しっかりと生活感のある歌は若い頃の疾走感とは別の諦観を感じさせつつ確かにこの人がこの歳でしかできない演奏であったように思う。N君は自分をさらけ出してるから説得力あるといっていてなるほどと思ったりした。

そしてキヨステだが相対的な問題だが爆音であった。基本的には歌心のあるバンドだがしかしまあ爆音のため歌が聞き取れず歌が好きな筆者には残念な部分もあるがしかし爆音のからみも売りな訳で気持ちいい訳でつまりこれも勿論ありである。中途から酔っ払ってしまっていってしまったがそれもあの音があったカラこそでありこちトラ馬齢を重ねキヨステのメンバーもそろそろ馬齢に近づき馬齢をとっくに過ぎてるやろ鬼頭径五氏は筆者が酔っ払って踊ってるのを見てうっとおしそうに外に出て行った。

guppyの中だけは時代が20年止まってる感じがし馬齢者にも優しい事であるが、馬齢まじかのキヨステの諸君には馬齢まで時間がない。こっち側に来る前にもう一勝負や!と馬齢者得意の無責任説教でも決めてやれるくらいくさくさした気分は回復しており毎度の事ながらいろんな人に迷惑かけたが勉強になるイイ夜やった。

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