Squeezing Out Sparks graham parker Squeezing Out Sparks graham parker

グラハムパーカーという人は駄作の無い人だと思う。曲つくりがうまいというか天命というかよお分からんがキャッチーつうか分かりやすいつうか素直つうかカッコいいサビというかそうカッコいいサビを作らせたら世界有数ではないかと思う。逆に言うとカッコいいサビを作れるだけといえなくも無く一品料理というかコステロとそこが違うのやもしれんがしかしみんなが唄える素直な唄つうのは他にない資質なわけでイギリスのブルーススプリングスティーンは確かにグラハムパーカーであるわけでルックスが良ければ大メジャーの道もあったろうに今ではイギリスのエリオットマーフィーの方が座りが良いというか勿論エリオットマーフィーよりもずっとポップというかこの他に無いポップさがエリオットマーフィー等の妙な尊敬も得るところがなくなってしまったというかデブとロックつうのはレスリーウエストとか最近ではサンボマスターとかいるがハゲとロックつうのはしかし泉谷しげるという一品物はいるがやはりこっちの方がハードルが高いような気もする。ウー ダイヤストレイツとかグラウンドホッグスとかいるがハゲの場合研究色が強くなるわけでギター求道的な感じの人が多いような気もしデブの場合は自己管理能力の欠如がイメージとして出てくるわけでルールつくんなが基本のロックンロールへのアフィニティはやはりデブの方が勝ってるような気もする。ハゲつうのはしかも苦労してるなつうイメージも想起させるわけでロックンロールハゲつうのはやはりかなりの業をもって生を受けたというか受難というか非常に矮小な話をすると筆者もそうなわけで苦労してるかどうか知らんがオソラクグラハムパーカーよりも10歳は若いけれどすでに追い越してるわけでロックンロールハゲの病巣は深いというかそういう意味で非常に親近感を抱く兄貴というか頑張っていただきたいというかそういう人だけれどよく考えるとロックンソウルハゲとしては御大バンモリソンがいるわけではげでもデブでも関係ねーだろという正論には返す言葉は持ち合わせてはいないがしかしグラハムパーカーつうのは兎に角唄作り、唄そのもの、サビ作り、かっチョいい曲を作らせたらハゲ界で最高であるわけでバンのように間抜けな曲を作ってびっくりさせることも無くはげ方が中途半端なのが逆に良くないような気もするが兎に角才能の大きさ、特殊さに比べ尊敬を得るところも少なくさびしい限りだが

そのグラハムパーカーが中期に出したまだ予算もあった頃の作品なわけでルーモアとの息もぴったりの大好きなアルバムだけれどCDライナーを読むとプロデューサーのジャックニッチェがルーモアの態度にあきれグラハムパーカーがSTONESはどうなのと聞くと"馬鹿タレ STONESというのはみんなエゴの塊だけれどみんな曲を一番良くするにはどうするかということその曲がどういう曲かということで喧嘩しとるわけでパーカーの曲をキイとラン君たちとは全く違う”と一喝したそうで、そんでパーカーにアコギで曲を唄わせて原曲のイメージを伝えたそうでstonesの曲がなんで普遍なのつうのは確かにスタジオで原曲をいじり倒しても原曲の基本的な部分は全くいじってないというか原曲の持つ音楽性を全く損なうことなくそこに最大価値を置いてアレンジをしてるつうとこも大きいような気もし、筆者はルーモアとパーカーの関係はすごく好きだったけれどしかしこれを最後にチリジリになってしまう理由も分かったような気もしこのあとパーカーのハゲの進行が速まったか確認してないが人生の分起点やったのかもしれんと兄貴の人生を慮ってしまった。

最近人に厳しいN君と曲作って遊んでいるが”なんでアレンジに全く興味が無いかわからない”とか”もう少し唄がうまくならないと”と言われ困ったが熟考して"実は俺はボブディランなんだ”といってみると”じゃあもっといい詩を書かなくてはいけない”といわれ更に困ったが、勿論ボブディランではないわけでその1/1000くらいのミニチュア版といいたいところなのだけれどよく考えるとN君はパブロックなんてひとつも知らないわけだし"実は俺はグラハムパーカーなんだ”といっとけばよいような気がしたりした。

人生の師、最高期の後期傑作である。

 

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