RHAPSODY NAKED RCサクセション RHAPSODY NAKED RCサクセション

清志郎が死んでしまってみんな悲しんだけれどそん時は悲しいんだけれどなんかよく分からなかったというか実際に清志郎の唄は聴かなくなっていたし”雨上がりの夜空に”をサティスファクションみたいにフェスティバルの最後にやるのも違和感あったしタイマーズも原爆関係も凄かったけれどなんとなく違和感はあったりもしたわけで勝手な知り合いの凄く大切な人が亡くなったのは確かなのだけれど悲しいのだけれどよく考えると実際にあったわけではないので今までと変わらないといえば変わらないわけで、結局今もどういうことか良く分からない。

青山ロックンロールショウはしかし良心的で6時間果てしなく遠く感じたけれどしっかり挨拶もできて良かったと思う。渡された紙には"thankyouforyourgreatsongs"と書いといた。

その後 いろんな本が出て購入して読んでいる。”瀕死の双六問屋”はしかし解説の角田光代さんが書いてるように珠玉の言葉の目白押しでありなんでこんな言葉が曲にならなかったのか不思議に思ったりしたが最後のほうは清志郎も悩んでたつうか怒ってたつうかこの頃の清志郎作品は聞いたことないけれど現場感のないおやじロックマンと同様の発言に聞こえなくもなく没原稿なら載せなきゃいいのではないかというか考えてもらいたいと思ったりした。

ロッキンオンジャパンの増刊でシングルマンの市営グラウンドの舞台は近所の富士森公園であることが読み取れ、しかしこれは大発見と言うか筆者はそこで喜納昌吉の野外コンサート見たり植木市にいったりしたわけで兎に角文化不毛の地八王子がスローバラードの舞台だったつうのはしかしいくら頭の悪い八王子市長が誰かは知らんがそこは確かに聖地と呼ぶにふさわしいというかなんとかしろというかぼろいサニーであそこで寝てたというのは感動しなくもなかった。それだけで良い本だった。

サイクリングブルースは筆者も自転車には乗るがそこまでではなく良く分からなかった。清志郎は誰にも似てなかったわけで勝手にそこが好きだったような気もするが変な流線型の帽子をかぶった姿はしかしそんなもんかぶんないで走るのがカッコ良かったのではないかと思ったりした。迷惑なファン心理である。

ミュージックマガジンの増刊はあまり読む気がしなかったというか清志郎を載せ始めたのが85年以降らしくこの雑誌のスノッブさつうか権威と言うかそういうコケオドシノために著しく現場感のない雑誌なわけで小倉エージの文も大貫憲章のライブ評もまったく的外れなところは10年前のものは正しく評価できるけれど今起こってることはまったく的外れなところはこの雑誌の本質を現してると思うけれどしかしラプソディネイキッドの評はこの筆者とまったく同意見というか指輪をはめたいの前のチャボの清志郎紹介の部分は”国立が生んだ偉大なソウルシンガー”のくだりは筆者も泣いたわけでそれだけで良い本だった。

愛し合ってるかいは実家にあると思うけれど勿論良い本だった。

TVbrosはしかし今一番信頼できる出版社というか300円でっせ、感想の双六問屋後編、現在進行形で宝島の雰囲気を残してると言うかそういうことではなく値段ではなく兎に角すばらしい凄く良い本だった。

ラプソディネイキッドはトラメの能城さんはすべてが詰ってるとかいてたけれどその通りというか子供の頃衝撃を受けたスーパーRCサクセションの真空パックなわけでこれを出してくれたことに感謝というかしかしこれをオンタイムで出したらRCは一枚で終わってしまったのでは無いかというかそれで十分というか

キヨステの柴田君はRCは82年までですねと書いていたが確かにそのとおりだけれどN君はjumpはいいと言ってたし、筆者は空がまた暗くなるは好きだしRCファンはたまに出てくる名曲を僅かに出てくる一滴を慈しむようにしていたというかそういうことを考えたりした。

F君はレーザーシャープが好きらしいがよくわかるというか筆者も大好きなわけで1987年まで或いは1990年のbabyagogoまでつうのも正しい区切りと言えるのではないかと思ったりした。しかしまあ確かに最後の一滴と言えなくもなくその区切りにさせてもらえないかという懇願に近いというか

rainbow好きのS君と一緒に住んでいたときに”Yeaeeeeeeh”のカセットをもらったことを思い出したりした。

N君は”気持ちいい”は兎に角名曲だと言っていたが筆者は一番下らんと思ってたわけで衝撃だった、よお分からんもんだと思ったりした。

連れ合いは筆者より絶対RCを多く聞いてるし見に行ってると言い張っていたけれどしかし東方神起なんて聞くやつは既に腐ってるから清志郎も悲しんでいるだろうと言ってやった。

政治好きのガキはきみがよなんてやってすごい人だったんだねっていっていたけれど面倒だからそのとおりと言っておいた。

guppyのマスターは吹上も悲しんでるだろうあいつは歌い方もそっくりだったからなと言っていたがしかしキヨシロウつったら寧ろ俺なんじゃないかあいつらはストリートスライダーズなんじゃないかと20年前の感覚にナッた

よくよく考えると筆者のごく浅薄な人間関係も清志郎を好きか嫌いかと言う基準で成り立ってたのではないかとどうでも良い結論を得たりしてつまりrainbowとかルースターズとかスライダーズとかいってる人も当たり前だがRCでもあったのかという事が確認できたというかよお分からんが”清志郎を嫌いなやつは信じない 世界中の誰だって”つうのは加藤和彦のstonesのように宣言してきたわけではないが 結果的そうゆうことになっとったんじゃないかというか勿論この狭量さは悲しいことだけれどそれでええわというかいまさらしゃあない。この前真直ぐで信頼できる会社の先輩と飲んだけれど山に登る人なわけで僕は山なんだけれど趣味はなんですかと聞かれてとても音楽ですと言う気になれずそれは音楽は趣味じゃないというとこと唄唄ってますなんつうと何かと後で面倒くさいのを知ってるのと唄ってるほど唄ってないという気恥ずかしさとどうせしゃべっても分からんやろうというとことないまぜになってるわけだけれどそこの大きな線引きは信頼できる人にもなんとなく感じてしまう距離感はなんつうと面倒だが兎に角清志郎のこともあんまり人と話す気にならないのはなんとなく道を外してしまった罪悪感によるものかよお分からんが まあ確かに 結局”ラプソディネイキッド”でスベテ済んでしまうわけで小川銀二のギターも大好きなわけで最高です。出しといてくれてほんとに良かった。

"国立が生んだ偉大なsoulsinger 忌野清志郎”というくだりだけで3万円くらいの価値があると思う。"ok ギンジ”のとこで1万円くらいの価値があると思う。最初のチャボあおりは2万くらいの価値はあると思う。他のMCを全部あわせると8万円くらいの価値があると思う。”よーこそ”は12万円くらいの価値がるとおもう。

ロックバンドは友達を集めてやるもんだっつう感じが大好きだった。 

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