The Vegetarians of LOVE Bob Geldof The Vegetarians of LOVE Bob Geldof

ボブゲルドフという人は昔からカッコいいと思ってた。聞いたことはないのだけれどブームタウンラッツもカッコいいのやろうと思ってた。そのうちライブエイドをやって結果ややこしくなってしまったのだけれどそこを勘案してもカッコいいのではないかと思う。

まず背が高い。それも結構というかすごく高い。声が低い。それで大体大人っぽい感じが出る。そんで顔も大人っぽいカッコいい顔をしている。ロックバンドが世に出ると大体大人は”糞ガキが”という反応だろうけれどボブゲルドフはデビューアルバムから大人をびびらすというかこいつはただのガキじゃないなと思わせるかっこよさを持っていたのではないかと思う。つまり確かにあの顔であの低い声であのがたいで静かに”そうじゃねえだろ”と静かに言われたら黙ってしまうだろうというかそうゆう感じがあったのではないかと思う。

ミックジャガーに似てるつうかこのソロアルバムはミックジャガーが出したとすれば売れないだろうけれど尊敬されたのではないかと思わせる含蓄に富んだ感じのするバンモリソン風自然アイルランド系なのだけれどこの自然アイルランド系はしかし確かにバンやボブゲルドフの出自というかプラスチックソウルミックジャガーや都会派田舎嗜好ロニーレーンには出せんような気もし、ロックバンドが大好きなアイルランド人が一仕事やり終えて出したソロアルバムとしては極上だと思うのだけれどバンのような尊敬も得ることなく”ライブエイドで金どこ行ったかわからなくなっちゃった人でしょ”つう人のソロアルバムは誰にも聞かれることなくよく考えるとそれはバングラデッシュのジョージじゃないかという気もするがジョージの場合は長い年月の風化かみんなに尊敬されつつ鬼籍に入ったわけでライブエイドやる前の実績がやや足りんうちに大企画をやってしまって企画者として認識されつつもともとのミュージシャンとしての資質も表現欲も人並み以上に持ってるのにそれ以降を余生と位置づけざるを得ない世界で唯一といってよい人生つうかもともと人生は人それぞれやろうがしかしかなり数奇といってよい運命の気もするが兎に角大人をやっつけられるくらい既に大人だったボブゲルドフは正しいライブエイドをやり遂げたのだけれどしかしそれはロックミュージックがレベルミュージックでなくなってしまった瞬間といえなくもなくもう既にレベルミュージックではなかったというかはじめからそうではないというか決してライブエイドのせいではないのだけれどちょうどうまくタイミングが合ってしまった気もし交渉毎そのほか頭も良いのやろうなんでもできてしまい意思もあるボブゲルドフは突っ込みどころがどこにもなく極上の音楽ではあるけれど大人の音楽は若造にも大人になりきれない大人子供にもアピールすることなく中古盤屋で100円じゃやはりかわいそうな気がするけれど

ライブエイドのダサさを一身に受けるボブゲルドフは何も言い訳することなくそこに突っ立ているように見えるのは余計なお世話だけれどかっこよく見えるわけでバンモリソンと対照的な気もするがしかし確かにバンモリソンのトラッドアルバムといわれればそれですんでしまう、そんでバックがあればメロディが生まれ自然に素敵な音楽が流れ出すその才能は極上ではあるわけでバンとの違いは背が高く髪がふっさふさでカッコいいということでそこがチビハゲバンとの最大の違いやもしれんがそうするるとチビハゲの方が有利な事例といえなくもなく筆者も少し元気が出る気もしないでもないがしかしバンの真似をしようとしても泉谷ですかといわれてしまうわけでよく考えると”唄が下手”つうのは致命的であり最後に必ず自分の話になってしまい恐縮だがしかしまあライブエイドやることが天命だったつうことでこの極上のソロアルバムを3年に一枚くらいブルースミュージシャンみたいな感じで出し続けて天寿を全うしていただければよいような気もする。

ロビーロバートソンのソロに近い気もするけれどそうゆう何かをやり終えた人だけが許されるソロアルバムの気もし、勿論ボブゲルドフも何かをやり遂げたわけでそんでアルバムの水準もやり遂げた人にのみ許されるレベルであるのだけれど今更新しいファンを獲得するもうひとつがあるわけではなくやはり何かをやり遂げたのが音楽的なキャリヤでないのはセールス上きついのは自明なわけだけれど。

8曲目の”rose at night”最高だと思う。自然で大きくて癒されて、今何やってるか知らないけれど唄い続けていただきたいと思ったりする。勿論日本に来たら聞きに行こうかと思う。  

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