夕凪の街 桜の国 こうの史代  夕凪の街 桜の国 こうの史代 

最近 出張で広島に行くことがある。安宿泊まって出張費浮かして飲むつう事で八丁堀付近のホテルに寝泊りしている。仕事先は横川にあり場所柄、路面電車かバスでの移動つうことになっている。

路面電車から見える原爆ドームはやけに小さく見える。しかし広島という場所は白っぽいつうか日差しの強いところで、そんな中、原爆ドームを見ながら通勤するつうのは、通学するつうのは 人間のちっぽけさを毎朝確認するような気もし心の隅々までやさぐれようとしている現代人にとっては得がたい場所つうか集団としての人間の大きさつうか地域性つうか広島人がどういう人かよう分からんがしかし根源的な問いを毎朝突きつけられてるつうか小さなことにはこだわらなくなるような気はする。人類始まって以来最大級のガラガラポンを極最近に経験した都市な訳で 原爆投下日の黙祷のニュースは興味を持ってみてた訳ではないが 久間発言についてそう酷いとも思えんかったがしかしすっと入ってくるきっかけにはなった。当たり前のことだが アメリカは人類史上最大級の虐殺をやった訳で人体実験も兼ねている訳でそれに対して謝ることもせず寧ろ良かったなどといってるわけでそういうアメリカにくっつかねばならない。と寧ろ右よりの人がはっきり行ってる訳でこれだけはいわせろというので何を言うかと思ったら核拡散についての難しさについてさんざ世界の状況説明をした挙句、その上で何も対策、方針もいうことなく状況説明のみで終わりご満悦の首相にもあきれたが どう考えても理不尽な仕打ちに対し”正義は勝つ””美しい国”などという甘言は全く意味を持たないことを知っており、現状の損得に対し超然とせざるを得ない柳の強さというか、昔バントばかりする広島商業の野球はどうかと子供心に思ったがしかし打てなきゃバントで勝つのもありやろつうその精神は広島にきてわかったような気がしないでもない。

基町つうのはかつて原爆スラムがあったところらしくてやけに高層な団地ができていると思ったがそこは散々な戦いの末のことだったらしい。高層住宅は広島城に並びそびえていてしかしまあここにこんなもの作ってよいのかと思ったりしていたがこの高層住宅も負けずに歴史の一ページということになるようだ。
八丁堀から広島城・本町を通って横川に抜けるバス路線も 原爆ドームを通って相生橋を渡る路面電車も全く偶然だけれど夕凪の街の舞台だった。  
広島の相手先の社員の人はみんな超然としている雰囲気があり地に足が付いてるように見える。広島全体がそうなのかよう分からんがしかししっかりアスファルトで固まった地面の上で生活している東京とは異なる生活があるような気がしてしかしこれはしっかりヒエラルギーが確立してしまった”東京”と異なる生活があるというか根無し草ではない 地方の心地よさを感じる。ほんと住むには丁度良い大きさのような気がする。

流川、薬研堀つうのは西日本最大の歓楽街らしいが大きいか小さいか知らんが筆者は充分に大きい感じがした。確かに大きく下卑た感じもし、悪い感じもし。横浜の黄金町、日の出町界隈の雰囲気つうかそういう地方大都市の迫力があり高そうな服きたお姉さんがそこここ闊歩しており、感じ入ってしまった。   
流川の回らんすし屋で安そうな店を探した。仙台某という名前の店で1600円の特上を食ったが上手く、ビールを頼んで追加を頼み子供より親が大事とばかり堪能した。

夕凪の街、桜の国は何度読んでも泣いてしまいかっこ悪いことこの上ないが、寡黙な漫画は確かな触媒である訳でどこでもいってることだろうけれど戦争はじめいろんなものをすっと知るいいきっかけになると思う。

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