IN NEW YORK Jackie Wilson IN NEW YORK Jackie Wilson

3年位前、八王子の新星堂の新装開店のための在庫整理のために300円で売ってたのを買った。新装後の新星堂は外盤は全然置いてないようで行く事もなくなったけれどしかし30年後はCD店なんて全部つぶれてるのだろうからライブハウスとくっついて若いので一儲けとか少しはあがいてみてもいいのではないかと思ったりする。新星堂も旧態依然でどこがかわったか分からんわけで筆者が中学生の頃と変わらんわけでまだ金があるうちに文化的な貢献をすべきかと思うけれどしかしまあ金は既にもうないということやもしれん。思うことは微妙ではあるが音楽不況とか言ってもライブハウスは増えているような気もし或いは一定数を保っているわけでCD店は減ってるやろうけれどつまりレベルがどうのと言うのはあるやろうけれどかっチョいいレーベルを立ち上げてライブハウスの隣にレコード屋を出してつう感じはできんものかと思ったりする。

ジャッキーウイルソンは初めて聞いた。バンモリソンがジャッキーウイルソンセッドというかっチョいい曲をやってるわけでその主人公なわけでさぞかしかっチョいいというか300円なら買ってみようかというかそういうことだけれど。しかしまあ300円だから良いけれど1959年の録音はさすがにきついと言うか どういう人かよう分からんがサムクックとプレスリーをまず思い浮かべた。アメリカの能天気さというか50年代の能天気さというか、これに我慢できずビートルズがあんなになっちゃったと言えなくもなく、そうゆう意味ではバンモリソンと言う人は異常な50年代肯定派というかしかしこの田舎町のハゲチビが出てきた時は異常な切迫感を持った”gloria”なわけでしかし冷静にgloriaを聞いてみるとハゲチビの唄は異常な説得力だけれどこれは精神的な抑圧からでなく唄唄いとしてのかっこよさというか本質的にはジョンとはだいぶ違うと言うのは後々の作品を聞いて鳥瞰図のように眺めれば自明のことだけれど、臆面もなくジャッキーウイルソンが好きですと言うのはあまりかっこよくないような気もしそう言う意味ではチビハゲさすがというかジーンビンセントがジョンとかイアンデューリーなわけでジャッキーウイルソンを選ぶチビハゲはしかし現在考えるとレッドツェッペリンよりもディープパープルのほうが100倍カッコいいわけでディープパープルを好きだったS君ははげてはいないがS君のようなもので生き方とか余計なものを排除して自分の耳で好きなものを判断していた素直さみたいな素敵さを感じたりする。まあよう分からんけれどチビハゲがジーンビンセントが嫌いなわけではないはずであいまいな部分を排除してよく知らんのに勝手にzero100で定義してアホかと言われればそのとおりです。

バンモリソンの生き方はその後みんなの憧れのようになったけれど音楽が好きなだけと言うその態度はそんで50年代音楽が大好きなのはthebandもそうだけれどその豊穣さはなんつうとしかしその鍵はジャッキーウイルソン聞いてるとよお分かると言うか当たり前だがティーンエージャーのときに聞いた音楽なわけでバンやバンドがこれ聞いてああなっちゃったというか

しかし絶望の唄と異常な応援歌が氾濫する現代はというかジャッキーウイルソンの曲はおそらく能天気なラブソングに相違ないような気がするが時代とか世代とかではなく音楽は人を元気付けなければならないと清志郎もエレカシの人もN君も連れ合いも言ってるので確かにそうやも知れんが状況はかなり面倒だけれどしかしジャッキーウイルソン聞いてるとさっきまで気分悪かったのが少し気分がよくなった気もして拒否反応も消えてきて意外にいいんじゃないかというかこれでゆっくり踊るのが正しいのではないかというかパンクかヘビメタでヘッドバンキングしてモッシュするよりもこれでゆっくり男女が優雅に踊ったほうがよっぽど楽しいのではないかというかshallwedance?というかこれは筆者が年寄りになってしまったからか?そのうち北島サブちゃんが好きになるのかよお分からんが、当時みんなが夢中になったのがよく分かる素敵な音源だった。ありがとう そっと応援してます 新星堂   

ホームに戻る