STAINED GLASS JUDAS PRIEST STAINED GLASS JUDAS PRIEST

ジューダスプリーストというのはハードロックからヘビーメタルの橋渡しをしたというか”ヘビメタ”というなんとなく苦笑をたたえる人が多いジャンルを確立したというかしかしジューダスプリーストのみではないかこんなになんとなくおかしいのはというかいや本人たちは大真面目なわけでこれを笑ってしまう風潮にしたのは作為的な誰かがいなくてはならないというかいやしかし一回笑いのフィルタを通ってしまうともう戻れないというかとにかく様式美というかそういう伝統芸のおかしさをなんとなくまとってしまったわけで歌舞伎も能もそういう目で見れば十二分にヘンなわけでヘビメタだけ嘲笑の対象というのは少しかわいそうな気がするのだけれど

ハードロックなんてのも有名どころしか知らないのだけれどしかしボーカルの声はオジーオズボーンといえなくもなくリフはパープルツェッペリンみたいなところもありいや単音で攻めるのはブラックサバスかしかし帯にも書いてあるがボーカルも無機質でギターも無人格と言うかヘビーメタルマシンに徹してるというかこの人間性を極力廃したところはまさにハードロックからヘビーメタルへの転換点ではないかというか1978年か、まさにパンクロック全盛時代にこれは偉大というか偉いというか素晴らしいというかロックというか

それまでのハードロックイディオムをすべて消化して全く一歩もでないことにより少しおかしな新しいジャンルを確立したわけで変な話だが全くのオリジネーターというかそんな気がしがしないでもない。

大学に入った頃に同学年でこれが好きな人たちがいて鏡の前でこぶし振り上げる練習をしてるなんて話を聞いて頭がくらくらした記憶があるがしかしこぶし振り上げて血管浮き上がらせて歌の練習してるというのは当時の若い年代の運動としてはまだましというか当時からぐうたらで今もはげはら近目の3重苦の筆者にしてみれば若いとき少し汗流しとけば体年齢はもう少し若かったのではないかと思ったりもするがとにかく革ジャンに鎖ジャラジャラさせて鞭を加えてバイクで疾走するってよく考えるとジューダスの前には誰もやってなかったんじゃないかというかそう考えると文化というかファッションリーダーというかそういう影響も大きくもってたわけでその部分セックスピストルズ並みではないかというかツェッペリンやパープルに対する過小評価はあるいはデフレパード、アイアンメイデンつうのはあまり聞いたことないけれどこれらはなんとなく嘲笑の気配が薄いのは聞いて見ないとわからないけれど

同時期にスコーピオンズなんて人たちもいたがこの人たちもなんとなく日本ではB級というかそれはやっぱり形式的には2重丸なんだけれど個性がないせいかとも思うけれどつまりリッチーブラックモアと殴り合いの喧嘩をやったとかそういう人間くささが見れればもう一段上がったのではないかというか

形式的なロックの権化という点ではAC/DCとの類似点も指摘されようがあっちはキースがファンといっちゃったりしてその尊敬のされ方は天と地ほどあるわけでしかしさもありなんというかハードロックというロックの形式を突き詰めたあげく無個性な大傑作を作り上げ時代を動かした、そんでパンクにも引導を渡したかどうかわからないがニューウエーブオブブリティッシュヘビーメタルを誘引し時代を今の民主党自民党のようなどっちがどっちともわからないような迷彩色というか混迷に陥れた偉大な狂言回しはしかしこれ聞いてヘッドバンキングすると気持ちいいのがわかるというかヘッドバンキングなんてのはどこから始まったかわからないがもしかしたらジューダスファンが始めたやも知れず、ようするにヘッドバンキングしやすいアイテムを突き詰めたというかそうすると無個性にならざるを得ないというかその辺含めとてつもない文化的影響というか文化創造をしたといえなくもなく勿論人類のためになったかといえばよおわからんがしかしそれはロックミュージック全体に言えるわけでとにかくヘッドバンキング馬鹿を世界中で量産させたその功績はわがままキース気取り馬鹿を世界中に蔓延させたローリングストーンズに並んでるといえなくもないのではないかと思ったりするわけで偉大である。

しかしipodに入れるのはやめようかと思う。わがままキース気取りになれなかったハゲ親父としてはいまからヘッドバンキングを練習するのも違和感があるのとバスの中でもしジュウダスが流れてきたらヘッドバンキングしてしまうのではないかと危惧するのと両方である。

いや今でも少し良いように思ってるわけで10回聞いたらヘッドバンキングマンになってしまうかもしれない。 ホームに戻る