the collection KEVIN AYERS the collection KEVIN AYERS

ケビンつうのはいい名前だと思う。なんとなく軽やかだしケビンなんてずっと言われるのは素敵なことやろう。日本人の名前は硬くてケイトとかエリとか外人ライクの名前をつける人もいるがしかしまあ熊とか牛とかよりはいいだろうけれど顔がね、熊とか牛の場合があるわけでそのリスクを考えると無難な名前をつけたくなるわけだけれどケビンエアーズなんつう人は名は体をあらわすというかその得体の知れなさはみんなにケビンなんていわれ続けることもその精神形成に影響したのではないかと思ったりする、少なくともロバートなんていわれ続けたフリップよりも好感が持てる。
他にケビンつうと、フリッツフォンエリックの息子ケビンしか思い浮かばないのだけれどこちらのケビンは親父譲りのアイアンクローを若いうちから武器にしてたわけで軽やかさのかけらもなかったのだけれど。

ミスター高橋の暴露本はプロレスの寿命を3年は縮めたと思うけれどアイアンクローなどのクロー技は実はスタミナのないレスラーが休むために使っていたという話はナールと言うかシーク、フリッツ、ドイツ将校の人、タイガージェットシンと確かにナールト言うかためになる本やった。

ロック界の寅さんと言えばいいのだろうか牧歌的というか素敵な歌のオンパレードで買って5年くらいたっとるのやろうか当初まったく面白くなかったけれどたまたま聞いてみると良い、すごく良い。すばらしい。かっチョいい。暑苦しくない、軽やかで達観しとると言うかみんなの憧れなのやろう、ロバートもジミーもスティーブも全然だめと言うかやはり”ケビン”というか

年取るとインプットないからねえアウトプットも出ないわけよ と言ってたのはケビンなわけでひねり出す事もなく出てくるのまっとるだけと言うか出てきたらLPでも作るかつうはずのケビンはしかし確かにみんなの憧れつうかよお分からんが僕も憧れる。みんな霞くって生きていたかったはずというか、しかしほんとに霞くっとんじゃないかというか、best盤を一枚もっとるだけというわけにはいかないような気がする。

最近少し死について考えると言うか父親が死んだ年に近ずいとると言うか、じいちゃんは30代で死んでるわけでおじさんも50台でしんどるわけでいつ死んでもおかしくないと思ったりするとしかし気が楽な面もあるがケビンエアーズなんてきいとるといつ死んでもいいようにやりたい事をやっとくのが大事なことのような気がしこの年になってやりたいことなんていってるのは確かにしょうもない気もするけれど憧れるのはミックジャガーじゃなくてケビンエアーズなわけでよく考えればパブロックなんつうのもその諦観ぶりが好きだったと言えなくもなくバンドが好きならバンドでもやりゃいいじゃんつうか流行の親父ロックバンドつうか暑苦しくなってケビンに笑われたいと瞬間的に思ったりする。すぐしぼむのやろうけれど。

 

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