WE LOVE 子供ばんど WE LOVE 子供ばんど    

RCとかががんがん野音でやってたけれどその後 子供ばんどとかテンソーとか出てきたんだと思う。 テンソーつうのは旗を振っていてWHOそっくりの曲があって 子供ばんどつうのはヘルメットにミニアンプ をかぶっててしましまのシャツを着てた。ついでに言うとテンソーは横浜で子供ばんどは埼玉だったと思う。 つまりまあテンソーはちょっとカッコつけててかっこ悪い気がして子供ばんどはカッコわりぃかっこよさ見たいなのがあった。 元埼玉県民の狭量な筆者としては横浜より埼玉のほうが勝ってた数少ない例のような気がしていた。

特に子供ばんどつうのはベースかドラムか一人、松山高校出身であり東松山つうのは東上線沿線でかなり奥まっており 人間が少なくなりしかし松山高校つうのは進学校で地元では”比企の東大”なんてゆう人もいてついでに言うと 比企つうのは昔 鎌倉時代の有力武将”比企氏”の地盤であり頼朝か嫁か忘れたが有力な保護者みたいなもんで ホンとは比企市にすべきだなんつうじじいもいるらしく収拾つかんがつまり東上沿線奥のほうの匂いをたっぷり 吸い込んでる気がして似た文化圏の筆者は多少親近感が沸く。 

東上線の奥のほうのロックミュージシャンつうのは快挙といえなくもない。昔は浦和に安全ばんど、パンタは所沢出身で アナーキーは朝霞だけれど朝霞は悪いし所沢も基地があったりしたし安全ばんどのころの浦和つうのも別に今ほど 引け目感じてたわけじゃないやろしつうかまあ都会だし 爆笑問題つうのは上福岡の東上線の匂いを感じさせるけれど 兎に角 松山つうのは東京から東上線で1hr位か、その微妙な距離感は微妙な文化をかもし出しここから出てくつうのは やはり確かにたいしたもんだつうきがしないでもない。 

単純明快なアメリカンロックンロール、粋でもあり深みはないが好きなものがわかっており出来ることしかやらず メンバーのルックスもある意味まとまり 良いバンドやった。  

しかし確かに曲に深みがないのはつらいといえばつらくフォロワーを出すことなくシーンからどっか浮いた形での活動 となっていった。後年 シルバースターズとの論争とかくっだらないこともあったがヘビメタ馬鹿と折り合いをつけたり 大変やったろうと思う。アメリカンハードロックつうかえらそうじゃないハードロックンロールつうのは日本では難しい。 

ハウンドドッグはすかし始めてなんかうまく行っちゃったが初期がやっぱりいいし後はミック入来か、ミック入来なんか最初に売れてたら こんな感じなんかと思うけれど。奥田民生は子供ばんどの大ファンだったらしくわかる気もする。 

つまりみんな気になってて5バンド位のコンサートがあれば最高に乗るがレコード買うほどじゃないつうか ピンクフロイドとツェッペリンが一番人気のあった日本つうのは無駄にややこしくなくちゃなんか損した気になるというか ウルフルズとかちとソウルっぽいとまた違うがつまり確かに一番売れにくい。ビートルズの匂いもないしなあ。

アメリカンtop40バンドとか結局パブロックとかまあそういう事でもあるだろうがしかしエレキコミックの人みたいなルックスで 全国に躍り出てこの意気のいいロックンロールのみを武器に大航海に乗り出した子供ばんど、ドラムの人は太っててギターの2人はうまくて みんな楽しそうで難しいこと言わないで埼玉中西部文化圏から飛び出した奇跡といえなくもない。勝手なこと言えば俳優なんてならず ずーッとやって欲しかったがしかし初期子供ばんどつうのはホンとまっすぐな心根を感じさせる素晴らしい青春ロックバンドやったと思う。

最高や 

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