TEN YEARS AFTER・ALVIN LEE AND COMPANY TEN YEARS AFTER・ALVIN LEE AND COMPANY

中学生の時 川越新宿団地にプイプイが住んでいた。プイプイと僕はロックが好きだった。2人とも金がなかったので東芝がやってた"rockgreatest1500"なんか買ったりしてた。僕が買ったのはウイッシュボーンアッシュとかユーライアヒープ、フリーとか。プイプイはテンイヤーズアフターとかロキシーミュージックとか買ってたと思う。プイプイはテンイヤーズアフターのライブを貸してくれたけれど中学生の僕の耳にはハードロックは聞こえたけれどそれ以外は聞こえんかった。実はちと冒険的なやつをプイプイに薦めてたようなきもする。これもいいんだけどなあとプイプイは残念がってた。

アルビンリーなんつう人はしかしまあその後復活することもなく著しく現役感のない存在となってしまった。年代的にはにはロリーギャラガーとかジミーページと変わんないと思うのだけれど。テンイヤーズアフターって示唆的なかっチョいい名前だと思うけれどしかしまあ10年後こんな状態になるとは思ってなかったやろ。DURING TEN YEARSとか in the ten years の方が良かったなんつうのは意地悪すぎるか。

このアルバムがテンイヤーズアフターのものかソロなのかよーわからん、編集盤なのやろうけれど。I'm going homeも入っててテンイヤーズアフターの頃なのかな。

高中正義氏も徹夜でコピーしたらしい早弾きらしいがしかしまあ早弾きつうのは飽きるのも早いということかなんて言ってられん。

これは確かに良い。素晴らしい。ロリーギャラガーなんかにも通じるがハードロックのフォーマットを確立する前のハードロックつうのはお手本がない分自分らしさが非常に良く出ているような気もするがつまりまあジェフベックかジミーページかリッチーか知らんが作ってしまった後と前とは違うというか前でも後でも良いが妙にもったいぶった点も含めて作ってしまったためにその後に出てくるのがメタリカまである部分の振幅の範囲内に収まっているような気がするがしかしまあジャンル分けつうのは必要なのかという気もしてバッドカンパニーはヘビメタ館に行くのかロック館かAC/DCはヘビメタ館か最近AC/DCも好きなのに場所変えなきゃならんのかディスクユニオンどうにかせいというか

流石にクラッシュ全盛期にアメリカのフェスティバルでバンへーレンとの競演を見たときにはこれじゃクラッシュが可哀相やんけと思ったりもしたが70年後半から始まった細かいジャンル分けは最近とみにひどくなったような気もしてオンナジロックじゃロウつうかロックって死語やなあとおもったりもする。

どうでもいいことだがロリーギャラガーとかアルビンリーに感じるのは類型化されてないというか結果的には類型化やもしれんが本人にそのつもりはなくアルビンリーの場合はより好きな音楽の振幅が広くそのまま出しておりビートルズ的に感じてしまう。嬉々としてロックンロールをやってブルースもいってジャズっぽいのもあり基本はブルースやろがしかしそのアティチュ−ドはなんつうと最低の物言いだがしかしまあ自然に好きな音楽をやっとる点はジミーページより1万倍大好きであります。

しかしパリパリのせんべい見たいな早弾きはまあ筆者は大好きだが沢山いたギター小僧(しかしこれも死語)にはありがたられんと言うか無駄に偉そうな部分はひとつもない、キャバレーバンドみたいな感じもしつつ安っぽい感じもするのやロウ。その後スンげー苦しそうな顔してチョーキングしなけりゃ売れんような時代の中でせんべいギター はものすごい勢いでおいてかれてしまったというか。ロリーギャラガーは多少陶酔しとるのでなんとかなったのやもしれん。

アルビンリーのソロアルバムは聞いたことないが鷹を肩に乗せたジャケットの奴はかっチョいいジャケットだなあと思っていた。アゴ男なんていわれてたけれど昔の日活スターのような風情は本郷猛というか一文字はやとというか体もでっかいのやロウ、応援団団長というかそういう男らしさみたいのは筆者には一ミリもないわけでしかしやっぱり羨望の気持ちもないわけではないわけでエルビスコステロとか大江慎也とかシドバレットとかちといってないと尊敬されん病的風潮の中で一ミリもいってなく精神の非常な健康さを感じさせるアルビンリーは病気ロックを全て吹っ飛ばして余りある魅力といってしまっていいものか、音楽を音楽としてジャムをジャムとしてブルースをブルースとしてビートルズをビートルズとして大好きで商売抜きに音楽をやってた人の愛すべき記録というには存在としてでかすぎるが尊敬すべき記録といったところか。ミズミズシイおっさんつう事がわかりました。

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