青森行 青森行 2002.夏

青森へ行ってきた。

初日:八王子ー階上町 
階上は八戸の下、岩手との県境。
その後 八戸の上 下田の親戚宅 墓参りをして
頂いたただ券で古牧温泉ヘ行く
三沢:下田の上 で飯をご馳走になる
七夕祭りをやっていて外人も沢山いた。
明るい。開放的。

古牧温泉:元湯、かっぱの湯(野外湯)、大温泉 と3つあって堪能、外に大きな庭がありこれもまた素晴らしい
渋沢栄一の弟子が建てたらしいが全く大きくて立派やった。
熱海あたりのせっこい温泉とは全く違ってた。

二日目:階上ー竜飛岬

蔦温泉:大町桂月という紀行書家が愛した場所らしい。
八甲田ふもとにある。湯治場の宿、 風呂は総ヒバ?、湯舟の底から懇々と涌き出ていて
気持ちいい、水も出ていてこれが美味。うまい!
古牧と正反対だがこちらも素晴らしかった。
近くに沼がありここもよかった。 森林浴!1週間くらい湯治にくればほんと天国なのでは?
僕は沼とか池が好きなんだ。
モヤ高原ー青森を抜けて津軽半島の陸奥湾側を登る。
5:00までに竜飛につかねばならない。時間がなくて急ぐ
蟹田:太宰の津軽の友達 Nさんがいた場所
スーパーによって買出し。ここまでくると津軽半島という感じ
向こうに下北半島が見える。
竜飛:4:50に竜飛につく。一泊4000円のバンガローの鍵をもらう。
管理人は予約は明日からだという、今晩にずらしてもらった。
管理人は鍵を渡すとすぐ帰り、5:00過ぎてたらどうしたろう? と青くなった。

竜飛の部落は寒村という感じ、土地がないので海岸線の道沿いに 軒を連ねてる。鳥小屋!が続く。
新町というところが町の中心らしい。青函トンネルで出た土で埋めたてたらしく、 その辺一帯は割と広い平地ができている。

冬は厳しいし、いろいろ大変なのだろうけれど いいなと思った。昔行った佐渡の部落を思い出した。

三日目:竜飛

朝、裏竜飛海岸を歩きその後 竜飛で海水浴。
義経海岸ヘ行く。地元の人は兜岩っていってた。
小さい浜でほとんどプライベートビーチ状態 元々石浜に砂をいれたんだろうが快適やった。
陸奥湾側の為か波なし、千葉の荒波を経験してる子供は がっかりしてたが、隣の岩場に蟹がいるのを発見、 半分以上 蟹取りに時間を費やしていた。

義経海岸は半分しかできてなくて隣で大規模な工事をやってたが 何故か不快ではなかった。なんでやろと思ったが バランスかなと思って納得した。
人も少なくて余裕のある全体の雰囲気が隣の工事を包み込んでいる。

シャワーもタダで少しはお金を落とさんとと昼飯を誰もいない
海の家で食べたがこれは外れやった。おばちゃんでてっちゃって 残りの女子高生が作ったが ラーメンは延びきりそばつゆの分量はめちゃくちゃだし 参った。
帰りに 太宰も書いてる厩石と義経寺によって岬の近くでうに丼食おうと戻った。
終わってた。6時なのに...隣のホテルでも断わられた。途方にくれる。
どっかやってるやろとまた竜飛の部落に戻ったが、見事にどこもしまっとる。 うー、これは結構走るよーかと覚悟を決めたが埋め立ての新町に寿司屋があった。
最低からワンランク上のやつを食う。アワビを入れてくれてうまかった。
うー しかしこういう時は 子供より親が大事といって 特上くいてーなー。

四日目:竜飛ー階上

階段国道:民家の軒先とか通る国道。写真はとりますね、アジサイが満開やった。
太宰碑:国道339の先にある。この先には道はない!写真とった。
竜飛の町:子供が寿司屋に帽子を忘れ取りに行く。竜飛の部落と岬これで3-4往復 やっと11:00頃竜飛出発。
小泊:今は竜飛の先にも道がある。竜泊ラインというすごい道ができてて小泊へ行く。
海岸は外海になるので荒れた感じがあるが平地も広く大きな家があり竜飛の部落 より格段に豊か。北前船の港町だったらしい。関東にもある普通の町という感じ。
タケと太宰の再開の場所に行った。太宰の頭にとりの糞がついてた。運動場もそのまま残ってた。
十三湖:寂しい。津軽の記述通り、曇り空だった為か。白黒写真のような。
和歌山というとこでシジミラーメン食う。いつものくせでコショウかけたら コショウの味しかしなくなってしまった。子供のカツどんについてたシジミのお吸い物 はうまかった。
金木:十三湖から金木までは大きな川沿いに水田が広がっている。肥沃な豊かな感じ。
太宰んちは町の中にあり大きい。昔の大金持ちの家。太宰が言うように風情も何もない とは思わなかった。
酸ヶ湯温泉:強烈な泉質。いわゆる温泉。打たせ湯では染みて目を開けられない。
海水浴で日焼けした足でははいれんかった。足以外にはクリーム塗ってたので
okだったんだけど...なんとかけつから入るのを試みたが断念。混浴、大風呂というふれこみだが そんなに大きいと思わんかった。

五日目

白浜:朝、曇り雨やったのでラッキー休めると思ったが、昼から晴れる。
子供にせがまれ白浜へ、種差、白浜海岸共に非常に明るい。千葉みたいな感じを受ける。
太平洋側ということか?波はややあり、海水浴はできた。人が多いといっても関東とは全く違う。
人間らしく生きられるというか、丁度良い混み具合、人にやさしくもなれる。

六日目:帰る

夏しかきた事ないが、青森はいつも明るい感じを受ける。
八戸、津軽の海沿いしかしらんからか。
人も優しい。檀一雄が太宰は底抜けに明るかった、とかいてた。
棟方志功とかもソウラシイ。矢野顕子とか。
東北のパブリックイメージとちょっと違うのだ。

僕は東北といって括ってしまうけれど、 場所によってだいぶ違うのだろう。
みちのくは道の奥らしい。日本じゃなかった。
長い間アイヌ民族の国やった。
最果ての地青森ではまだまだ アイヌ民族、ネイティブの血が色濃く流れてるんじゃなかろーか

上北、三沢の辺は となみ藩 の領地らしい
戊辰戦争で負けた福島の人が最果てにいふうになったらしい。
明治期 となみ藩の人は頑張って県の要職についた事を 伯父にお聞きした。

青森ネイティブ=アイヌ=明るく、楽しく,自然で、頑張らない
というのは分かり易すぎる構図だけど
多少はいえとるんじゃないか と勝手な考察をしながら家に向かった。

ホームに戻る