つげ義春を旅する 高野慎三 つげ義春を旅する 高野慎三 

新聞もまともに読むこともなくなり、文庫本も読破することはなくなったというか、現実逃避で通勤のバスでむさぼるように司馬遼太郎の旅ものを読んでた時はまだ健全というか、毎週のように新幹線に乗っているがそこで本を読むことなく、ビジネス本なんてまず読むことなく、読むのは東スポで、しかしそれも30minで読了してしまうわけで残りの時間は何すりゃ良いのかというか、新幹線のサラリーマンたちは、中央線のサラリーマンよりも文庫本を読んでいる人は少ない気がするが、飛行機に乗ってる人は知らんが、要するに出張族というのは余裕がないというか、パソコン開いている兄ちゃんは立派だとは思うがしかし君よりは東スポを読む僕のほうが人間らしいというか

つげ義春はやっぱりすきというかつげ義春の旅ものは好きだったというか、久しぶりに本でも読もうと思いイエイツのケルト本と一緒に買ってきた。両方ともちくま文庫でちくま文庫は密かにファンというか民俗学というかそっち系の本が多くてカバーも簡素で少し高いがその雰囲気が好きである。
そのちくま文庫では阿部勤也先生のハーメルンの笛吹き本や赤松啓介の夜這い本とか衝撃というか感銘というかその後の人生観がわずかには変わるというかそういう本がいくつかあげられる。

よく考えるとハーメルンでは西洋の乞食というか化け物というか赤松本には近世庶民の生態というか、そういう海抜0mの地点の民族に深く惹かれるのはしかしこれは嗜好ということでかたずけていいものか、そういう庶民志向、うらぶれ志向の日本漫画界というか日本の第一人者であるつげ義春大先生なわけで、しかしそのうらぶれ志向はついてけん部分もあるが、

文中につげ義春が宮本常一に言及するところがあるが、それでつながったというか、宮本常一、つげ義春、沖浦一光、司馬遼太郎、吾妻ひでお、つうのは弱者の視点といえばお決まりのセリフではあるが、やはりそういうことなんだろうと思ったりした。宮本常一とつげ義春がつながったのはなるほどというか自分の志向が確認できたというかそういう気になったりした。

猫街紀行は大好きだし、無能の人が一番すきというか、ねじ式はあまりよくわからないわけで、そんで貧乏旅行記の九州に蒸発する話はまさにこれをやりたいんだというか匿名性というか異邦人というか逃避願望というか、よくわかるという人はしかし日本中に少なからずいるのだろう、久しぶりに読み終えた文庫はそれなりに面白いものやった。

少しだけ元気になった気もする。次はイエイツや  

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