20040530 安田祭 9th  20040530 安田祭 9th 

今年も安田祭がやってきた。Guppyには1年に一回しかいかなくなって久しいがしかしこの一回は重要で 自分が誰だか確認するというかこれがなければすっかりすっきりしている可能性もないではなく安田さんと 知り合ってもう20年くらいになるがロックンロールは態度だとか生き方だとかいうが無理してそんなに息まなくても もう既に自然にやられちゃってる歳となってしまったような気もする。どうのこうのいってる間に歳をとってしまった人の立ちの悪さ 、かっこ悪さつうのは見栄えのよいものではないがかつて街で寝てるおやじつうのはしかし或いはかなりロックっぽいんじゃないか なんて考えていたガキは確かに見栄えもかっこ悪くなり痛飲したときは街で寝ることもありかっこ悪いこととかっこよいことの 区別も曖昧なままである。
時間を忘れる館としてしばしばお邪魔した安田宅はおおげさに言えば自分の中にかっこよいこととかっこ悪いことの 軸をもうひとつ加えたような感もあり物事決めず曖昧なままにしとくつう技もここで教わったような気がしないでもない。”やもしれん” なんつう言葉をよく安田さんは使ってたような気がするが”そうだね”でも”いや違う”でもなく”やもしれん”つうのは話が決して 先鋭な形にならず、その後もよく使うようになっている。 

人間集団つうのは国でも何でも最初がその後の性格形成を決めてしまうことが多いなんつうことをなんかの本で書いてあったが 最初に行って理由くっつけてインディアン皆殺しみたいなアメリカ人の最近の行状を見てると確かに当てはまるようなきもする。
翻って 横浜国大ロック研つうのは今あるのかないのか知らんがしかしその性格形成を決めてた時期は安田さんたちの時代らしく 或いは回顧主義やもしれんがその後このサークルのDNAはその出身者に沈殿されいい影響か悪い影響か知らんが或いは社会生活上 は決していい沈殿物ではないかもしれんが兎に角大なり小なり影響を受けた人物を世に輩出している。安田DNAといってよいのかどうか。 

1.brinsleys 
S君と2人でやる。

2.嘉悦band   いつものメンバーでビートルズルーフトップライブ完全再現らしい。筆者は見たことないが         しかし毎年のことだがよかった。

3.トラメ   今回は年の行った人が先に出る形らしい。最近ライブに行ってないがGuppyではやはり映える。すこぶる調子がよさそうで あった。新アルバムも期待される充実した演奏だった。

4.This is R&R 
メタリ氏選曲と思われるごった煮演奏 このセンスはいつもながら凄い。演奏はうまかった。T.Rexのイントロはかっこいいなあ しかしほんとにメタリのキャラつうのは貴重。
20th century boy/american band/needle and damage done/get back

5.千葉、内藤
内藤と一緒に曲でも作るかという話になりオーティスモチーフに共作。喜んでくれる人も結構いて良かった。 10曲くらい作ったんで録音したいと思うがどうなる事か

6.キヨステ
女性2名が抜け男3人になってしまったため音の感じが変わってしまったか、しかしこのバンドの中心人物の情念は大変なもので つまり根本は不変そして普遍である。いったれロックンロールやけくそ文学中年という事で。

7.吹上
今年は 奥方、長男と参加。この男の年のとらなさも異常。かなり尋常じゃない。新曲作るべし。

8.姉歯バンド
いやあ 凄かった。凍りついた。美意識つうかなんちゅうか、安田さんの真の理解者やもしれん。つまりこれじゃ。

9.覇者たち
i surrender/all night long/long live rock'n roll
ガキおやじ彷彿。S君十八番! 昔 安田さんとH氏のギター討論を思い出してしまった。

毎度のことだが 横浜線終電の関係で中途で出る。

学生時代を通り過ぎるとそれぞれの人生がまたある。確かに回顧主義といわれればやもしれんというしかないが しかし1年に1回、あんときと同じような空間が生まれるのは確かにguppyの奇跡というか場の持つ磁力といえなくもない。
何も変わらんつうのは確かに文化の深みから言えば重要で街の練度見たいな物があるとすれば横浜の練度を上げている 重要なspotだと思う。
どうでもいいし決して好ましいことではないがロックンロールがもう生活の一部になってしまった つうかよく言えばもうひとつの価値観をもっているというかくだらないことに一生懸命になれるというかそういう人達は 大なり小なりいや僅かだが皮相な現代社会から抜けられるというかもっと豊かなものはたしかにあるのだろうが いやこれで充分というか練度とか文化とか負け組が言い訳にしそうな言葉でもあるが安田さんが死んでもう10年程度なのだろうが まだまだ十分に聞いてもらいたい音がそこにあるっちゅうのは確かに素敵なことだと思ったりする。
言い訳、回顧主義って 言われたら返す言葉もないがしかし”やもしれん”といっておこうと思う。 おやじつうのはそういうものかもしれん。      

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